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今日の一話
- 2005.12.12
- かつて幼い頃のわたしはコンプレックスのかたまりだった。
じぶん自身にまったく自信を持てなかったわたしは
「ボクの親戚のオジサンは大きなオモチャ会社の社長なんだ。」
「ホクの先祖はエライ武将だったってパパが言ってた。」
などど、友人が確かめようのない空しい虎の衣にすがって、極力わたし自身から目をそらす方向で、友人と対等なポジションを保ってもらえてると勘違いしていた。
しかし、その破綻の時期がきた。父の転勤で引っ越すことになったのだ。
転校先の中学校で同じようなコミュニケーションを試みたら、その日から、転校した先のクラス全員から激しいイジメを受けることになった。
それからの毎日は地獄だった。
そんな毎日で、唯一の楽しみが野球観戦だった。
ボクは西武の松坂選手が好きで、
「あの完投するカッコいい姿がじぶんにあれば、イジメなんて遭わないのに・・」
といつも思う度に、よけい今のじぶんが嫌になっていった。
その日は、西武対ダイエー戦。
松坂キラーと呼ばれているその不恰好な構えの打者は、好投している松坂投手の唯一といえるピンチの場面に代打で登場した。
すると場内から割れるほどのどよめきと歓声があがり、主役が松坂からその選手に入れ代わったような錯覚をおぼえた。
案の定、渋いセンター前へのヒットがタイムリーとなり、その後、リズムを崩した松坂はマウンドから降りていった。
いま、わたしは平凡な二流大学の学生としてフツーに学生生活を満喫している。
あの頃のような片意地張った窮屈なじぶんでなくなってから、友人もいつのまにか多く回りに増えてきて、そんな奴らが、ダメなじぶんの性格の中から希少な長所とおぼしきところを見つけ出したりしてくれる。
でも、なにがきっかけでイジメから立ち直り、古い友人から「人間が変わった」とまで言われるように性格が変化したのか、わたし自身にもよくわからない。
ただ、あの時の球場で出会った感動が、なぜか大きく記憶に残っていて、それがみっともないじぶんを気にしなくなった原点のように思える。
いまも西武そして松坂が大好きで、憧れていることは変わらないけど、たまにしか見かけなくなった、あの代打が出てくると不思議と胸がときめき、じぶんがなぜか素直になれる。
やっぱり、野球は球場に出かけて観るにかぎる。
その男、大道典嘉。
男なら、大道・・。
- 2005.12.11
- オレは25歳。大卒で商社に勤めて3年目になる。
仕事も一通り覚えて、プライベートも充実している。毎日が楽しくてしょうがない。
オレは仕事が出来るほうだと思う。実際、営業成績もよく、周りもオレのことを認めてくれている。まだこの会社では若手の部類だけど、大手の取引先をまかされている。
でも給料が安いのは納得出来ない。
オレの売り上げは営業部全体の4分の1なのにオレの給料が最も安い。40過ぎのジジイがオレの倍も貰っているのは少々腹が立つ。
ある日、オレは仕事でヘマをした。
得意先に納品する商品を間違えたのだ。得意先の納期を越え、向こうの工場のラインを止めそうになった。原因はオレの完全なミス。あわてて書いた発注伝票が間違っていたのだ。
その日、オレ仕切りの飲み会があったので、やっつけで確認もせず起票したのだ。入社以来初めて起こした大きなミスだった。
オレはあわてて得意先に謝りにいった。向こうの営業担当からは怒られた。少々へこみながらオレは次に工場資材の担当のところに行った。担当者は最初に嫌味を言ったあとに笑っていた。
話を聞くと、担当者は間違いに気づき、オレと同じ課のシゲさんに連絡を入れたらしい。
シゲさんは直ぐに自分の担当している取引先に納入予定の商品を振り替え、納入したのでラインストップは免れたのだ。
オレは被害が最悪になかったことにほっとしながらも、ムカついた。
「あのジジイ、カッコつけやがって」オレの恥の上塗りをしやがって。
いくらこの取引先の前担当だからと言ってでしゃばり過ぎだと思った。
オレはその日、恥ずかしいのとムカつくのとでその日は定時で会社を出た。
定食屋で独りで飯を食べた。社会人になってから初めてかもしれない。
少し冷静になったら、昼間の資材担当の台詞を思い出した。
「シゲさんは地味だけど、いつもあらゆるケースを想定して準備しているんだよ。」
「もっと仕事に対して広い目で見れば、自分が何をしたらいいかわかるようになる。」
「これまでのシゲさんへの借りがあるから今回は彼に免じて許してあげるよ。」
食堂のテレビは野球中継をしていた。ホークスとマリーンズのプレーオフ。
王手をかけられたホークス9回の攻撃、不恰好なほどバットを短く持ったその男、
ロッテ自慢のリリーフ投手相手に粘り、最後はぼてぼての内野安打でホークスの逆転を演出した。その男、大道典嘉。
確かに今日言われたことは当たっているな・・、反省! ビールは苦いけれど、こういう味もいいもんだとオレは思った。
「格好つけるな、いきがるな。己を捨てて、目標を素直に見据える男になれ。」
男なら、大道。
男なら大道を目指せ。
- 2005.12.10
- 僕はパナマの貧しい村で生まれ育った。それでも両親や村のみんなはとても温かく、大切に育てあげてくれて大学にまで行かせてくれた。
だから僕は一生懸命勉強して、力もつけて恩返しがしてやりたいと思った。
けれども、メジャーリーガーを目指して渡ったアメリカでは中々上手いようにチャンスを掴むことは出来なかった。
そろそろ焦りの見え始めた28の春、日本からの誘いがあった。言葉の壁の不安はあったけれども、祖国のみんなの顔が頭に浮かんだ瞬間、返事は決まった。
実際にホークスのチームメートと対面してみると、ペドロやタダヒトなど国際色豊かなチームですぐにみんなと馴染むことができた。ただ一人の男を除いて。
その人はオオミチさんといった。彼はいつでもふてぶてしかった。でも、彼を見ていると何故だか祖国の父を思い出すんだ。
そんなことをぼんやり試合中の外野でも考えていたせいで、守備ではムラマツに迷惑をかけたりしたが、その年、僕は13本のホームランを打って給料も上げてもらい、念願の故郷への大量の仕送りも実現した。
僕がある時、何を送ってやろうかとニコニコ考えていると、そばをあのオオミチさんがパンをくわえながら歩いてきた。
「オオミチサン、ドコイクンデスカ?」
オオミチさんはそれには答えず無言でパチンコ屋へと入っていくので、僕はフラフラと吸い寄せられるように後を追った。
すると、そこでのオオミチさんの顔つきは試合中のベンチとはまるで違った。
射抜くような鋭い目つきで玉を弾き、時々何かをメモしている。
僕はハッとした。僕は今年の成績に慢心していたんだ。
それをオオミチさんは見抜いていて、こういう形で教えてくれたんだ。
オフにもっと身体を絞ろう。来年からはメモをとろう。
サイコウバイ、オオミチノリヨシ。
男なら大道。
- 2005.11.4
- 私は福岡の高校に通っている学生。…正確には『通っていた』と言った方がいいのかもしれないけど。
そう、私は先月学校をやめた。…別に不良だからでもイジメにあったからでもない。私が自分の意思でやめた。
以前ニュースで『死ぬ理由は無いけど、生きる理由も無いので死にます』という遺書を残して自ら命を断った人の報道をしていた。
偉い人達は何だか難しい事を言って、その人を非難していたけど、私には自殺した人の気持ちがよくわかる。
『生きる理由がない』そうだ、今の私には生きる理由も無ければ学校に行く理由もない。
毎日が憂鬱と苦痛の連続でしかなかった。
そんな日々が続いたある日、ついに私はお風呂で手首を切って自殺しようとした。
…躊躇なんて無かった。ただ『これで無意味な日々から解放される』という満足感だけが頭に溢れていた。
気が付くと病室のベッドの上に寝ていた。…死ねなかったんだ…。
生きている事への感動なんて無い。あるのは死ねなかった事への不快感だけ…。
周りを見回しても身内なんて誰もいやしない…別に居たところで何になるわけでもないから気にはしない。
ふと前を見るとテレビがあった。私は意味もなく電源を入れた。テレビがでは
『福岡ソフトバンクホークス×千葉ロッテマリーンズ』の試合が中継されていた。
試合は9回裏ホークスが4点を追いかける場面。
…くだらない。そう思ってテレビを消そうとボタンに手を伸ばした瞬間。私の視線はテレビに釘付けになった。
よく『イケメン軍団』と言われるホークス。私も昔は川崎選手の大ファンだった。
…しかし今、打席に立つ男は…決してスマートではないその体型、時代遅れの髪型…濃い顔つき…私は何故かその男に見入ってしまった。
実況が興奮した声で叫ぶ。…さぁ、4点を追いかけるホークス、走者を一塁に置いてピッチャー第1球を投げた!
2球、3球と投げるピッチャーに対して短く持った黒いバットで必死に粘り続けるその男。
私の口からはいつの間にか『頑張れ!』『打て!』という声が出ていた。
そしてピッチャーの投じた第6球、打球はピッチャーの前に点々と転がった。
『あ〜あ…』…私の頭には『どんなに頑張っても所詮は報われない、やっぱりそうなんだ』という思いが浮かんでいた。
…しかし、その男は違っていた。一塁まで必死の全力疾走…
『俺が死ぬわけにはいかない、何とか生きるんだ』その姿はまさにそう言わんばかりだった。
スライディング…判定は『セーフ。』球場の歓喜の声が病室に響く中、私の目は溢れる涙でいっぱいだった。
…ありがとう…何故か私はその男に言っていた。
翌日、無事に退院した私はチケットを買ってドームに行った。
9回、球場に響く大歓声。ベンチから出てきたのは背番号55、昨日の男。
やはり、お世辞にもかっこいいとは言えなかったが、私は心から背番号55に叫んだ。
『ありがとう』
その男、大道典嘉。
男なら、大道。
- 2005.11.2
- 俺はあせっていた。
明日手形の引き落とし期日にも関わらず、金の工面が全く出来てなかった。
万事窮す。
必死に働き上り詰めて来た人生もここでお終いになるのか…。
俺は必死に働いてきた。同年代奴らの倍は働いたと思っている。
そうしなければ生きていけなかったのだ。
実家は自営業でそこそこの生活をしていた。
俺が高三の秋、家業の倒産によって故郷を追われ、
当然するのものだと思っていた大学進学を諦め、働くことになった。
俺は必死に働いた。家族の為だけではない。
急に手のひらを返すように冷たくなった周りの大人たちや、
俺より成績が悪かったのに大学に進学し、ちゃらちゃらしている友人達を見返すために。
時代は「バブル」と後に言われる時期だった。
俺は時代に背を向けて必死に働いた。
真っ当といえない仕事もしたこともある。
金こそが正義だと真面目に思い込んでいた。
90年代初め、株のカラ売りで種銭を得、こつこつ貯めたお金が数千万になった。
多くの人は株を買いつづけた為に多くのものを失った。
欲をかくからだ。ざまみろ、と俺は思った。
俺はその金で会社を興し、商売を始めた。
商売は低迷する時代の逆を行くように右肩上がりの成長を続けた。
俺は勝った、と思った。真実を見据え続けたから成功者になり得たと思った。
しかし俺は「ババ」を掴んだ。
友人の保証人になり、その友人がビジネスが上手くいかずにケツをまくったのだ。
俺のオヤジが会社を潰したのと同じ原因だった。
俺は笑うしかなかった。
因果応報なのか?俺が何をした?
俺を馬鹿にした奴らを馬鹿にしたからか?
一人きりの事務所で俺は想いをめぐらせていた。
「このバッターは88年入団のベテラン選手。今はバットを短く持っていますが
入団当初は巧打の長距離バッターとして期待されていました。
いかつい風貌ですが若い頃は顔立ちの整ったいい男だったんですよ。」
「今の彼の姿からは想像出来ませんねぇ・・・」
つけっ放しだったテレビからアナウンサーと元プロ野球選手の解説者による
コミカルな実況が聞こえてきた。
俺は画面に目をやった。
その男は69年生まれで俺と同い年であることがその実況からわかった。
三重の高校をでて16年目のシーズンだという。
俺と同い年なのか・・・
こいつはどんな人生をこれまで送ってきたのだろう・・・。
その男、大道典嘉。
男なら大道。
- 2005.11.1
- 私は三重の海岸沿いの街に生まれた。
自分で言うのもなんだが小さい時からかわいくて、頭も良かったから
学生時代はモテたし、友達も多くて人気があった。
私は皆に良く思われたくてにこにこしているような女の子だった。
大学は東京の一流校に入学し、上京した。
私の同級生のほとんどは地元の短大に入学し、少し頭のいい子は名古屋の大学に行った。
私程の学力を持つ子は地元では居なかった。
私は上京すれば、頭が良くて、かわいいことが東京でもっと生かされると思っていた。
こんな片田舎の男達では無く、東京の格好いい男にちやほやされて、
そのことを地元の女友達にさりげなく自慢してやろうと思っていた。
8年後私は地元に帰ってきた。東京で生活するのに疲れて帰ってきたのだ。
学生時代は楽しかったが、背伸びを常に強いられているようだった。
東京には私と同じ位かそれ以上に頭のいい子はたくさんいて、かわいい子も大勢いた。
私は負けるわけにはいけないと虚勢を張りながら大学生活はやり過ごした。
格好いい男の友達もたくさん出来、夏休みに帰省した際はそれをさりげなく自慢した。
しかし、社会人になって私は立て続けに男に騙された。
一人は同期の男で、一人は妻子持ちの先輩に。
私は、ただの女性としてしか見られていないことに20代半ばにして気付いた。
地元の同級生の殆どが結婚していた。子供も居る子もいたし、同級生同士で結婚している子もいた。
「家事手伝い」の私に地元の人が投げかける視線は冷たいようにも見えるし、
昔の私のままで声をかけてくれる人たちもいる。
私は少し老けた父の晩酌に付き合ってナイター中継を見た。
ある時私の視線はある選手にいった。
不恰好な構えに今なら流行らない濃い顔。
若くてスマートな選手が多いダイエーの選手の中にあって
一人浮いている中年男。
しかし、その選手は2塁1塁のチャンスに西武松阪の球に必死に喰らいついている。
バットを短くもってチームのために粘っている。
その男、大道典嘉。
男なら、大道。
- 2005.10.31
- 小学生時代、勤めから帰った親父がキリンラガービール片手に見るナイター中継を一緒に見た。
王選手以外名前は知らなかったけれど、そこに出てくる選手達は皆いかつい顔をしていた。
ビールの香りのように大人の世界を感じさせた。
20年経ち、俺は2児のパパとなった。学生時代野球部を経験し、
プロ野球選手になることを夢見たけれど、
その夢も脆くも破れ、俺は普通のサラリーマン。
父がそうであったように帰宅後のナイター中継観戦は欠かせない。
画面のプロ野球選手は脚も長く、今風で格好いい。
NHKマンデーパリーグ中継で俺はある選手に目を留めた。
濃い髯の剃り跡、へんてこな構え。
「女子供なんて関係ねぇ。」というオーラを醸し出しているダイエーの選手。
その男、大道典嘉。
俺はその選手を見て一目で好きになった。
男なら大道。